同人雑誌『まんじ』寄稿文書一覧

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137号掲載「今、再びフォークソングのブームを~」

今、再びフォークソングのブームを~「過疎」をテーマにした2曲をリリース~
(→pdf でもご覧頂けます)

急速に進む地方の過疎化や限界集落、消滅集落は、我が国が解決すべき永遠のテーマになっています。
そこで、その一助になればとの思いで、私が40年ほど前に作詞・作曲したフォークソング調の「過疎」と「遠い思い出」をリメーク・リリースしました。
「過疎」については、ずばり「過疎」そのものであり、農村の寂れゆく姿を草や木に覆われて狭くなっていく道に、村に残された少年の悲しさ、そして、再び戻って来て欲しいと願う心情をしたためています。
「遠い思い出」は、幼い日に遠い町へ行ってしまった少女との淡い別れを題材に作成しました。これらの歌には、戦後の高度経済成長期がその背景にあり、心の豊かさより、お金や物への豊かさを求めた時代でもありました。
歌唱は、日産スカイラインのCMソング「ケンとメリー~愛と風のように~」をヒットさせたデュエットグループBUZZの東郷昌和氏に、また、ギターの演奏は、荒井由実氏(現在、松任谷由実氏)のバックバンドとして活動されている平野融(とおる)氏に引き受けていただく予定です。

限界集落とは、社会学者の大野明氏(高知大学教授)が1990年頃に提唱したとされています。過疎化や高齢化などが進む中、経済的、社会的な共同生活が、その集落単位ではできなくなる恐れがある集落を指しています。
また、2006年の総務省の調査によると、過疎地域などの62,271集落のうち、10年以内に消滅する可能性のある集落が422、10年以降に消滅する可能性のある集落は、2,219と予測されています。
急速な地方(農山漁村)の衰退が進む現実が存在します。
このような状況を踏まえ、安倍晋三首相は、地方の人口減少や地方経済などの課題に国を挙げて取り組むため、2014年9月3日に行った、内閣改造で「地方創生」の担当大臣に石破茂衆議院議員を任命しています。
そして、首相みずから本部長とする「まち、ひと、しごと創生本部」を立上げるなど、本腰を入れて取り組んでいます。
さらにそれを加速するためには、地方創生省のみの対応ではなく、第一次産業である農林水産業を主管する農林水産省や過疎対策室を有する総務省などが横断的に取り組み、一元化する必要があると考えます。
そして、ハード・ソフト面での多様な支援事業を起こし、その解決を見出すことが肝要です。
その一つの手法として、限界集落や消滅集落の現況を歌った「過疎」と「遠い思い出」の活用を提案します。
具体的には、国や県、市町村が行う過疎に関わるイベントや講演会などでのキャンペーンソング。また、テレビ・ラジオなどの番組の挿入歌やBGM。ネットやアニメーションなど全てのメディア媒体の活用を期待します。

また、この2曲は、フォークソング調に仕上げているため、50代から70代の人たちからの熱い支援が得られるのではないかと考えています。
それは、50代から70代の人たちが好む歌の一つにフォークソングがあるからです。
1960年代に大学生を中心にしたカレッジフォークソングがその先駆けになっていると思われます。
その第一人者の一人に「星に祈りを」や「あなたのすべてを」などを作詞・作曲したシンガー・ソングライターでもある佐々木勉氏がいます。彼は、その後1966年にザ・サベージに「いつまでもいつまでも」を提供し、90万枚のヒット曲を世に送り出しています。
時は前後しますが、1965年には、浜口庫之助氏(マイク真木氏歌唱)による「バラが咲いた」が大ヒットし、日本におけるフォークソングが市民権を得たターニングポイントになったようです。また、ザ・ブロードサイド・フォーの「若者たち」や荒木一郎氏の「空に星があるように」は、テレビ番組の主題歌やラジオの深夜放送で多くの若者の心を捉えた一曲と言えるでしょう。
時を同じくして、加山雄三氏の「君といつまでも」や、ザ・ワイルドワンズの「想い出の渚」などフォーク調の曲にエレキギターを取り入れた作品が次々と発表され大ヒットを連発しました。

一方、フォークソングとは、一線を画したザ・スパイダースやブルーコメツ、ザ・タイガース、ザ・テンプターズなどのグループサウンズ(GS)が、全盛期を迎えたのもこの時代でした。
また、ボブ・ディランやジョーン・バエズなどの海外のミュージシャンの影響を受けた和製フォークソングが1960年代に誕生しています。
そして、歌を反戦や社会問題などのメッセージソングとして表現したミージシャンが岡林信康氏や高石ともや氏、西岡たかし氏などであります。 グループでは、ザ・フォーク・クルセダーズの「イムジン河」が最も強烈なメッセージソングとして物議を醸しだした一曲だと思います。
女性では、「この広い野原いっぱい」でデビューをした、森山良子氏が和製ジョーン・バエズとして、人気を博しました。

1960年代後半から70年代にかけては、岡林信康氏と双璧の「フォークの神様」と言われた吉田拓郎氏が多くの若者の心を捉え、ヒット曲を連発させました。異色なフォークシンガーとして泉谷しげる氏も良い味を出していました。
さらに、1970年代から80年代には、井上陽水氏や小椋佳氏、松任谷由実氏、アリスなどがフォークソングをルーツにしたニューミュージックを次々にヒットさせ、多くの人々の心を魅了しました。
そのような中、「神田川」や「赤ちょうちん」、「なごり雪」などの作品を生み出した、南こうせつとかぐや姫のフォークグループとしての存在感は今なお、脳裏に焼き付いて離れません。

これら、1960年代から80年代の歌の共通する点は、分かりやすい歌詞と覚えやすい曲にあります。そして、50代から70代、いわゆるレコード世代は、今、このような歌を待ちわびています。
同時に、気に入ったCDが出れば、必ず購入する世代であり、CDが売れるマーケットが確実に存在するということです。

歌の使命は、人それぞれの人生に重なるものであり、安らぎを与えてくれる心の故郷ではないでしょうか。分かりやすい歌詞と覚えやすい曲、それが歌の原点なのです。

東郷昌和氏の伸びやかで甘い歌声に乗せて、今、再びフォークソングのブームに火をつけたいと考えています。
そして、我が国が解決すべき永遠のテーマ「過疎」を国民全体で共有するテーマとすべきではないでしょうか。

 
美しい農村のイメージ 春めき(桜)と菜の花畑